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【書評】ムハマド・ユヌス著「ソーシャルビジネス革命」をお勧めできない理由


敬愛するノーベル平和賞受賞者ユヌス博士の最新作を献本頂いたが、頭を抱えた。

ソーシャル・ビジネス革命―世界の課題を解決する新たな経済システム
ソーシャル・ビジネス革命―世界の課題を解決する新たな経済システム ムハマド ユヌス,岡田 昌治,Muhammad Yunus,千葉 敏生

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翻訳者のあとがき(P280~)にこうある。
『本書の翻訳のお話をいただくまで、私は恥ずかしながら「ソーシャル・ビジネス」という言葉を聞いたことがありませんでした。
(中略)ソーシャルビジネスは、一言で「社会的目標を追求する利益ゼロのビジネス」です』(太文字筆者)
え?
利益ゼロ?そんなわけないですよね?
では本文中において、ユヌス博士はどう書いているか。
『ソーシャル・ビジネスの利益は、一部がビジネスの拡大に再投資され、一部が不測の事態に備えて留保される。
したがって、一言でいえば、ソーシャルビジネスは、社会的目標の実現のみに専念する「損失なし、配当なしの会社」といえるだろう。』
ビジネスに少しでも関わったことのある方ならば、もうお分かりだろう。
「利益ゼロ」と「配当なし」は全く違う。
「配当なし」は全てのNPOや多くの日本企業で行われている。しかしそれは「利益ゼロ」を意味しない。
利益がゼロで、どうやって経営しろと言うのだろうか。現にユヌス博士自身が、口を酸っぱくして「持続可能性」について語っているというのに。
このように、残念ながらソーシャルビジネスについて、いやビジネスについて全く知見のない翻訳者に翻訳させ、なおかつあとがきを書かせてしまうことで、出版社自ら本書の内容を台無しにしてしまったのは、非常に残念なことである。
というわけで、本書に興味を持たれた方は、ぜひ原書での読書をお勧めしたい。
さて、あとがき等のぶち壊しを指摘した後は、本書が提起する内容が「日本の現状」と照らし合わせると、お勧めできない理由を記したい。
ここからは多少専門的になるので、ソーシャルビジネスに興味のない方は読み飛ばしてほしい。
まず、日本で言うところのソーシャルビジネスは「社会問題を解決することを目的としたビジネス」という緩やかな定義を一般的に採用している。例えば安心安全な食の実現を目指して創られた株式会社「大地」もソーシャルビジネスだし、高校生の自己肯定感の低さを解決しようと創られたNPOカタリバもソーシャルビジネスである。法人格や収益手法(事業・寄付)、配当の有無等に関係なく、広く緩やかに「同志」としてくくられる。
しかしユヌス博士は、ソーシャルビジネスを非常に厳格に定義する。引用しよう。
『貧困等を解決する活動について記した文献を見ると、よく「社会事業」や「社会的起業」(原文ママ:通常は「社会起業」)といった言葉が用いられている。言葉づかいはまちまちだが(中略)私の言う「ソーシャル・ビジネス」とは異なる。』
『「ザ・サンシャインズ・フォー・オール」という企業を例にとろう。これは社会起業家のファビオ・ロサが設立した営利企業で、ブラジルの農村部に太陽光発電を提供している。(中略)現在、ロサの会社は、この種の太陽光エネルギー・システムをブラジル南部の村々に設置しており、最終的には電気の整備されていない75万世帯以上に設置したいと考えている。これは明らかにブラジルの貧しい人々にとって社会的利益になる。しかし「ザ・サンシャイン・フォー・オール」はソーシャル・ビジネスではない。事業計画によると、彼の会社は29~30%の内部収益率を目標にしている。利益に貪欲な外国の投資家を惹きつけるには、それくらいの収益率が必要だと考えているからだ。』
ユヌス博士の列挙する「これはソーシャルビジネスではない」という事例にあてはめていくと、NPO法人格で社会事業をやっているところはソーシャルビジネスではないし、1円でも配当すればソーシャルビジネスではないし、生協等もソーシャルビジネスではない。
寄付を集めていたらソーシャルビジネスではないし、ボランティアを戦力化し社会的インパクトを与えることもソーシャルビジネスではなくなる。
なぜか。ユヌス博士は将来、ソーシャルビジネスを営む企業の株式が取り引きされる『社会的証券取引所』を夢見ており、そうしたものの創設のためには、定義を厳密にし、かつ配当ゼロを徹底させることで共通のルール化がなされなければならないからだ。
日本において「配当ゼロ」の出資型非営利法人格「社会事業法人」を、国の審議会で提唱した僕としては、彼の主張も分からないでもない。しかし現在の日本において「定義を狭める」というのは運動論的自殺を意味する、と僕は考える。
日本は次に述べる意味で、とてもユニークだ。
世界で半ば当たり前になっているSocial Entrepreneur とか Social Enterprise という言葉が、日本で社会起業家や社会的企業と訳され流通し始めた時、特に既存の企業経営者がクレームをつけた。
「企業は既に社会的なのに、社会的企業と冠をつけるのは馬鹿げている。」
「起業家は既に社会的なのに、社会と冠をつけるのは馬鹿げている。」
というように。
企業が猛烈な収奪を行い、資本主義の獰猛さが至る所で問題を起こしていることを目の当たりにし、資本主義のオルタナティブを画策する国際思想的潮流と、小さな政府へ向かう中で公共サービスを民営化していく流れが合流したところに、社会的企業や社会起業家のコンセプトが海外の識者の間で「発見」されていった。
それに比べ日本では、高度経済成長の時は「カイシャが家族」であり、本来ならば国が行うべき社会保障を企業が個人に提供し、流動性の低い職場環境は、濃密な人間関係と心理的セーフティーネットまでをセットで提供していた。
更に高度経済成長下で右肩上がりの税収を基盤に、行政が社会問題の解決を一手に引き受け、「困ったことがあったら役所に相談」システムができあがり、本来なら自分達で解決(自助)できなかったら、地域で解決(共助)し、どうしてもダメだったら行政を呼び出す(公助)という「補完性の原理」が中抜きされ、個人と公助が直接結びつく「行政への依存体制」ができあがっていた。
そこにおいては、企業は利益追求という目的共同体から、運命共同体となる一方で、巨大な行政をさしおいて民間で公共を担うというのは「越権行為」となり、NPOや市民運動が「反体制的な人々の趣味」として見なされるようになっていった。
こうした土壌の中で、社会的企業や社会起業の文脈を理解するのは、容易ではない。
とはいえグローバリゼーションを迎え企業が共同体であることを放棄し、低成長時代を迎え行政が全ての社会問題解決の担い手である
ことを放棄した今、民間が公共を担う時代へと転換しなければ、我々には未来はない。
そこで先人達、そして僕も含めて現在の市民セクターの人間達が推し進めていたのは、「ソーシャルビジネス」というターム(言説)を、より低いハードルに設定し流通させ、企業もNPOも協同組合も同じ公共の担い手だ、という思考の枠組みを共有しようとしている。
「ビジネス」とすることで、国家の補助金を「分捕る」従来の市民運動的手法と距離を置き、「国を助けて国を頼らず」という姿勢を打ち出そうとするわけである。
こうした社会運動論的背景から見ると、政府よりも頼りになるNGOがいくつもあり、NPO経営者であるユヌス博士がノーベル平和賞まで取ってしまうバングラデシュと、我が国の違いが鮮明になろう。
我が国はこれまで「大変うまくいっていた」ことで、逆に市民が自発性なぞ持たずとも回っていた。それがゆえの「ソーシャルセクター後進国」なのである。そこから強靭なソーシャルセクターを形作るには、これまで自分達が公共を担うことなど夢にも思っていない、民間の人々を結集し、公共の担い手としていくことである。そう「新しい公共」を生み出すのだ。
そのためには、ユヌス博士のソーシャルビジネス論を真に受けるわけにはいかないのだ。
彼の定義の「ソーシャルビジネス」を推し進めるのは、せっかく徐々に形成されようとしている日本ソーシャルセクターの融解を引き起こし、求心力を失わせてしまうことに繋がるだろう。
バングラデシュがかの国なりに発展していけばいいように、我々も我々の文脈に即した成長を志向しなければならない。
最後に敬愛するユヌス博士の名誉のために言っておくと、彼のソーシャルビジネス論以外の内容は、日本に住む我々にとっても、大きな示唆を与えてくれるものであった。
世界的企業との合弁会社によって、次々と世界最貧国の貧困が解決されていく様は、爽快であり希望でもある。
僕は願う。日本において独自の進化を遂げるソーシャルビジネスによっても、同じように社会的課題の解決が次々となされんことを。
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