駒崎 弘樹 公式ブログ 提言・アイデア

政治が子育て層を簡単に無視できる、投票率以外の大きな理由

 こんにちは、12年前から子育て支援活動をし続けておっさんになってしまったため、もう誰もかつてのように青年実業家扱いしてくれない駒崎です。
 数日前のこの記事(「保育園落ちた日本死ね」と叫んだ人に伝えたい、保育園が増えない理由 http://bit.ly/1U62fOM)がヤフトピ砲のお陰でバズったのですが、大切なことを一つ言い忘れたな、と思って書きます。
 政治は子育て層を基本的に軽視しています。しかしこれは悪意ではなく、合理性からです。
【子育て層が無視されやすい要因① 投票率】
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 このグラフ( http://p.tl/2BNR )を見て頂くと分かる通り、60代・70代の投票率は、20代・30代の1.5倍です。
あなたがスーパーの店長で、客単価が1000円の人たちと、1500円の人たち、どっちに合わせて商品棚をつくりますか?
答えは明らかですよね。
 しかし、政治への影響力って、投票率だけじゃないんです。
何か?
それが「如何に長期間に渡って、たくさんのコミュニケーションをとり続けられるか」です。
【子育て層が無視されやすい要因② コミュニケーション量】
 例えば日本医師会。政治に大きな影響があります。でも、医師の数って人口の0.24%しかいないんです。
ではなぜ大きな影響力があるのか。それは医師会としてまとまって、政治家とたくさんコミュニケーションを取るからです。
 時に要求し、時に感謝し、時に説明し、時に応援する。そうやって仲良くなっていくと、政治家にとっては信頼できるパートナーになるし、彼らは基本的に正しいことを言っているし、何とかしてあげないとダメだ、となるわけです。
 また例えば、障害者団体。障害者は全人口の6.2%です。マイノリティです。ということもあり、つい40年前は、市バスに車椅子で乗れませんでした。駅も階段しかなかったし、駅員も手伝わなかったので、車椅子での移動は至難を極めました。
 しかし、青い芝の会を始めとした各種障害者団体の方々が、粘り強く市や国鉄と交渉し続けた結果、バスに乗れるようになり、駅にはエレベーターが設置され、駅員たちも業務として手伝うようなルールになっていったのです。( http://bit.ly/212H4Tj
 今では、そんな時代があったことさえ、誰にも信じられないことだと思いますが。
 そう、粘り強く、継続的に、要望したり交渉したりコミュニケーションを取る人々が、社会運動には必要なのです。

【子育て層だけは、「当事者」期間が非常に短い】
 しかし、子育て層は、この側面において、決定的に弱い。
 保育園に入れない!という悩みも、入れてしまったら、もう過去の話になります。
子どもが熱を出して会社に行けない、困る!という悩みも、子どもが4歳を過ぎた辺りから、徐々になくなっていきます。
学童に入れない!という悩みも、高学年になったら塾に行けるし、まあいっか、となる。
 そう、当事者が当事者であり続けるということが、ないのです。
喉元過ぎれば、課題は遠のく。だから、「今頑張れば、まあ良いか」となる。
過去味わった課題については「そういうことも、あったよね」となる。
 怒りは持続せず、よって運動は継続しない。
 一方、高齢者はどうでしょうか。65歳以降、少なくとも平均的には15年は高齢者であり続けます。
障害者は、障害によりますが、一生障害と付き合いを続けることになります。
 彼らは、継続的に課題を抱え続け、そして継続的に当事者であるのです。
だから、継続的に社会運動を行っていくことになり、その継続性は成果を生みやすいのです。
2、3回要望されるのと、10年間継続して要望されるのでは、要望される方に与えるインパクトは、全くもって違うのです。

【ではどうする?】
 ならば我々の取る戦略はクリアです。2つあります。
まず、
①「当事者でなくなっても、自分の味わった痛みを感じる人のために、動く」
ということです。
 これは短期的には非合理です。自分の課題と関係無いのだから。
でも中長期的には合理的です。それによって他者が助かり、より良い社会になり、自分たちの子どもたちは自分たちと同じ目にあわずに済むからです。
 そして
②「当事者じゃなくても、共感した人が動く」
自分に子どもがいなくても、直接子育てしていなくても、当事者のために運動に手を貸すこと。
 ちなみに僕は自分が子どものいない、結婚すらしていない時に、保育業界の難問中の難問と言われた、病児保育サービスを始めました。今では全国最大の病児保育団体です。
 当事者たちが数年で喉元すぎることも、非当事者の僕は何年も取り組み続けられました。常に新たな当事者たちの苦しみを、見続けたからです。
 僕は願います。あなたが、自分の苦しみ以外も苦しみと感じ、動き続けることを。
それが「保育園落ちた日本死ね」と言われる我々の母国、日本を変える、ひとつの鍵なのです。
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