韓国が「AI国民秘書」の全面展開を発表しました
韓国政府が8月末、「AI民主政府実現戦略」を発表しました。
ざっくり言うと、行政のあらゆる場面をAI前提に作り替える、という国家戦略です。職員の内部業務も、住民との接点も含めて。担当の尹昊重・行政安全部長官は「核心はAI技術を導入すること自体ではなく、それを通じて国民主権を実現することにある」と説明しています。
その柱に据えられたのが「AI国民秘書」です。福祉・安全・税金・農業・食薬の5分野で24時間の窓口を作り、2027年にはバラバラだった行政サービスの入口をここに統合する、という計画。行政ポータル「政府24」や、後で触れる給付おしらせサービス「ヘテクアルリミ」も束ねて、22言語に対応させるとしています。
で、この「AI国民秘書」なんですが、絵に描いた構想ではありません。すでに動いています。
韓国の人たちが毎日使っているカカオトーク。日本でいうLINEにあたるアプリです。
そのトーク画面に「住民登録謄本を発行してほしい」と打ち込むと、AIが発行できるかどうかを案内して、本人認証を通して、証明書の発行まで一気に進みます。新しいアプリを入れる必要はありません。友だちにメッセージを送るのと同じ画面の中で、役所の手続きが終わります。
「国民秘書グッピ(국민비서 구삐)」という公式アカウントです。
このアカウント自体は、2021年から動いています。もともとは通知サービスで、税金、年金、住民登録、教育、自動車といった各種のお知らせを、カカオトークやネイバー、SMSで受け取れる仕組みでした。「グッピ」は「Good+秘書」から来た愛称です。
そこに、話しかけて手続きまで終わらせるAI機能が乗ったのが、すでに今年3月。5年かけて育てた通知の土台の上に、AIが乗ったという順番です。
声でもできます
対応しているのは電子証明書100種類以上。体育施設や会議室など、公共施設1,200カ所以上の検索と予約もできます。
しかも5月のアップデートで、音声にも対応しました。「テニスコート予約して」と話しかけるだけで、施設を探すところから予約の完了まで、トーク画面の中で完結します。以前は予約のときに別のサービスへ移動する必要があったのですが、それもなくなりました。
実装はカカオが自社のAIモデルで担当し、行政安全部が公共サービス側をつないでいます。
5つの分野で、24時間の窓口を作ります
2027年に向けて広げる5つの分野が、なかなか具体的です。
福祉では、世帯の状況や所得に応じて、どの制度の受給資格があるかを確認してくれます。日本の福祉制度と同じく韓国も申請主義なので、「使えるのに知らなかった」をなくす狙いです。
税金では、どの控除や特典が自分に当てはまるかを個別に案内します。納税の手続きもそのまま進められます。
安全では、感染症の症状から、それが何かの手がかりと予防の方法を案内します。
農業では、病害虫への対処や営農技術の相談に応じます。農家の人が畑からスマホで聞ける、という形です。
食薬は日本にはない括りですが、食品と医薬品の分野で、健康状態に応じた食生活の案内をします。
証明書の発行のような手続きだけでなく、「自分は何が使えるのか」を教えてくれる方向に踏み込んでいるのが特徴です。
「知らなくて逃していた給付」を、政府から知らせにいく
この「ヘテクアルリミ(혜택알리미)」というサービスが、なかなかよくできています。
キャッチコピーがそのまま性格を表しています。
知らなくて逃していた給付を、これからは政府が先に見つけてお知らせします。
ログインすると、行政が持っているデータをもとに、自分が受けられる制度を向こうから提示してくれます。「私の給付」で対象になるものを確認でき、「発見」ではまだ気づいていない制度を教えてくれる。家族を登録しておけば、家族の分も追えます。
日本のマイナポータルにも近い機能はありますが、あちらは基本的に自分で条件を入力して検索する形です。ヘテクアルリミは、行政の側から先回りして知らせるプッシュ型。申請主義の穴を、通知で埋めにいく設計です。
制度は、知られなければ無いのと同じです。窓口を24時間開けておくことと、こちらから声をかけにいくこと。この2つが揃うと、届く範囲はずいぶん変わるはずです。
すごいのは、技術より「置き場所」
私がいいなと思ったのは、AIの性能の話ではありません。
役所のサイトに住民を呼び寄せるのではなく、住民が普段いる場所に役所を置いた、というところです。
日本で行政手続きをしようとすると、まず自治体のサイトを探して、目的のページに辿り着いて、PDFをダウンロードして……という道のりになります。この「探しに行かせる」構造そのものが、情報にアクセスしづらい人を最初に弾いてしまう。
普段開いているメッセージアプリの中に窓口がある、というだけで、届く人の範囲はかなり変わるはずです。
日本は、自治体ごとにがんばっている段階
実は日本でも、LINEで住民票を請求できる自治体はあります。京都の長岡京市、東京の渋谷区、千葉の柏市など、それぞれの自治体が独自にLINE公式アカウントを作って、申請機能を載せています。
ただ、そこが今の日本の姿でもあります。自治体ごとにバラバラに、それぞれのアカウントでやっている。国の公式アカウントに話しかければ、どこに住んでいても手続きができる、という形にはなっていません。
引っ越したらアカウントを登録し直す。隣の市に住む親の手続きは、また別のアカウント。住民から見れば、同じ「住民票を取る」という行為なのに、入口が1,700通りあることになります。
韓国は国が一つの入口を作り、そこに各サービスをつないでいきました。この違いは、技術力ではなく設計思想の違いだと思います。
日本への示唆と希望
今、日本では女性相談も、孤独・孤立の相談も、自治体ごとに窓口が置かれています。
なぜこんなに小分けになっているかというと、人が受けることを前提にしてきたからだと思うんです。相談員として配置できる人数には限りがあるので、地域ごとに分けて、それぞれの自治体が抱えるしかなかった。マンパワーの制約から来た設計です。
でも、その制約は変わりつつあります。
たとえば国が統一の女性相談窓口を作って、入口はAIが24時間受ける。話を聞いて、整理して、必要な人を地域の専門職につなぐ。裏側では相談員や支援団体がバックアップしていて、緊急性の高いケースにはすぐ人が出る。
そういう形なら、どこに住んでいても、何時でも、同じ窓口に辿り着けます。窓口を小分けにしなければならない理由が、もうそれほどありません。
韓国が国の入口を一つにまとめたのは、技術があったからというより、「役所が開いている時間に、役所に来られる人」を前提にするのをやめる、と決めたからだと思います。
日本の相談窓口の多くは、今も平日9時から17時に開いています。困っている人が一番しんどくなるのは、たいてい夜と週末なのに。
韓国ができているのだから、社会制度が似ている日本だって、やれる可能性があるのではないでしょうか。
全ての国民が何時であっても、誰かに頼れる社会になることを、私は心から願っています。
出典
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カカオ「カカオ、行政安全部とともに『AI国民秘書 試験サービス』を発表」(2026年3月10日) https://www.kakaocorp.com/page/detail/11962
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カカオ「カカオ、『AI国民秘書』に音声機能を追加 … カカオトークで公共施設の予約まで完結」(2026年5月14日) https://www.kakaocorp.com/page/detail/12036
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大韓民国政策ブリーフィング「福祉・税金など5大分野で24時間AI相談…『AI民主政府』本格推進」(2026年8月25日) https://www.korea.kr/news/policyNewsView.do?newsId=148970591
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京郷新聞「AIで『福祉・税金』などの相談・案内… 『AI民主政府』の実現はどうなるか」(2026年8月25日) https://www.khan.co.kr/article/202608251518001/
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政府24「혜택알리미(ヘテクアルリミ)」 https://plus.gov.kr/portal/benefitV2/
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長岡京市「LINEで住民票の写し等の証明書が請求できます!」 https://www.city.nagaokakyo.lg.jp/0000014407.html
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渋谷区「LINEによる申請の使い方」 https://www.city.shibuya.tokyo.jp/kusei/koho/line/line_shinsei.html
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柏市「住民票の写しのLINE申請」 https://www.city.kashiwa.lg.jp/shimin/todokede/linejumin.html
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