駒崎 弘樹 公式ブログ 事業ニュース

新年の抱負を書こうと思ったら告白になった

今年の抱負を語る前に、僕が味わった昨年の挫折を語りたい。

【はじめに】

昨年はコロナ禍によって、事業は打撃を受けた。受けつつも、社会的使命を果たすため、全国の子ども子育て家庭に食糧支援や保育支援をする等、大規模オペレーションを行った。これだけの規模で支援を展開できたNPOは、全国的にも珍しかったのではないかと思う。

自分たちも「被災」した中で、これだけのことをやれたのは、一重にフローレンススタッフ達の献身と努力のお陰だ。心から感謝したい。

 

【課題1 規模の不足】

けれど困窮世帯は非常に多く、我々の支援は全くもって足りなかった。街が焼けているのに、その中のマンション1棟を救助できたようなものだ。

もちろん1団体が全体を助けるなんてことはできないことは百も承知だ。しかし、このままで良いとも思えない。

 

【課題2 政策の断絶】

フローレンスの得意技は事業を政府にパクってもらって政策化することだ。政策化されれば一気に全国に広がる。最近だとこども宅食が予算化され、全国に広がりつつある。それ自体は良いことだ。

しかし「政策化」は厄介だ。国が予算化し、政策メニューに載せてくれても、やるのは自治体だ。自治体がメニューからその政策を選ばないと、実際に現場で支援は行われない。今回のこども宅食においても、自治体はそもそもその政策メニューを知らなかったり、知ってても新しいことをやる意志や余裕がなかったりする。よって、やるのは一部の意識の高い自治体だけ。つまり、政策化されても実装されない、と言う事態になる。これはこども宅食だけではなく、あらゆる政策で起きていることだ。

こども宅食においては、厚労省とともに自治体向けオンライン勉強会までやった。そこまでしないとダメなのだ。

 

【課題3 マクロ環境の悪化】

コロナ禍において、出生数が激下がりした。将来不安の中、出産意欲が喚起されるか、と言ったらそれは無い。そしてこれは今後何十年にも渡って影響を与える。

今年の出生数、85万人割れ見通し コロナで少子化加速
https://www.asahi.com/articles/ASNDV55ZJNDTUTFL005.html

失業者の7割が女性で、それに伴う女性の自殺も増えている。

コロナ禍で日本人女性の自殺が急増、「特有の悲劇」が顕在化
https://forbesjapan.com/articles/detail/38829

子どもの自殺も増えている。

マクロ環境は悪化するばかりだ。

それに対し、野田聖子議員は「子ども家庭庁」創設を訴えている。

夫婦別姓、政府計画で前進 「子ども家庭庁」創設を―野田聖子氏インタビュー
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020122600104&g=pol

素晴らしいことだが、今の政府では実現は難しいだろう。

官僚は長時間労働で死ぬほど酷使され、霞ヶ関は崩壊前夜の様相だ。このままだと5年以内に大きな機能不全事案が起きるだろう。

【我々はどうなるべきか】

こうした課題に対し、我々フローレンスはどうなるべきなのか。

衰退国家の運命を嘆いても仕方がない。沈みゆく船の中で、必死に灯台を探してマストに登るのが我々の役目だ。

それには、我々フローレンスが民間版「子ども家庭庁」となるべきなのでは、と考えた。

我々が現場で支援を行い、強力なセーフティネットとなりながら、霞ヶ関に代わってあるべき政策を提言する。

提言だけで終わらせず、国と自治体のコミュニケーション不全を埋め、実装まで持っていく。

企業や関連NPO、法曹界、アカデミック等、様々なアクターと連帯し、平時にも有事にも、更に大規模なオペレーションを行えるようにする。

日本中から、子どもと親子のために命かけても良い、って言う気合と優秀さを持つやつらが集う組織に。

今、我々が出しているインパクトの10倍、いや100倍のインパクトを出せるように。それによって、マンション1棟ではなく、街ごと救いたい。苦しむ親子を1人でも減らしたい。

【ボトルネックは自分】

ではどうすれば良いのか。Howである事業戦略においては、諸々考えれば考えられると思う。しかしボトルネックは戦略では無い、と直感的に思う。

ボトルネックは経営者である自分だ。組織は経営者の器以上に発展しないから。
変革を必要としているのは、何よりも自分自身なのだ。

【僕の中にある課題】

自分は変わらなければならない。結論から先に言うと、「バカ」になる必要があると思う。

どういうことか。

僕はこれまで多くの社会課題の解決に資するような事業を立ち上げてきた。政策も変えてきた。その実績と軌跡によって、一部の人からは尊敬もされている。社員達も慕い、敬意を持ってくれている。

しかし、それが僕にモノを言えなくさせていることに気づいた。

今年、ある成果が十分出ていない事業の撤退を決めた。しかし、何年も前から成果が十分出ていないことは明白だった。けれどやめられなかった。中心的にその事業を立ち上げたのが僕だったから。

役員が勇気を出して僕に直言し、ようやく撤退することになった。

自分は、知らぬ間に社員の敬意に甘えていたのだ。経営者というポジションに甘んじていたのだ。社員が率直にもの言えぬ状況をつくり出していたのは、僕自身だった。

★☆★☆

僕はこれまで常にチャレンジャーだった。留学するやつが誰もいない高校で先生に止められながらアメリカに留学し、大学ではITベンチャーを経営し、卒業後にNPOなんて全くメジャーじゃ無い中、NPOを起業し、政策起業という言葉がない中、民間から政策づくりに関わった。常に挑戦し、挑戦と共に生きることで自分たり得た。

それがどうだ。今や「築いてきたもの」の上にあぐらをかき、真の意味で挑戦していない。

自分のプライドや周囲からの期待に答えようという服を脱ぎ捨てて、自分の欠落と、怖れと、不安と、格好悪さと、愚かさを開示し、ちゃんとバカになって社員と、周囲と、社会に向き合わないといけないのではないか。

社員や仲間たちが大好きだからこそ、それはしんどい。でも、愛する仲間たちに失望されても、嘲笑されても、去られても、「ごめん、実は僕はその程度の人間なんだ。それでも共に歩んでほしい」と言うこと。

経営者と言う地位を脱ぎ、薄っぺらい合理性を捨て、個人として繋がり、合理性の足下にある感情のレイヤーで繋がっていくこと。

そうしたことを、もう一回バカになって、そう20代の頃何も持ってなくて、ただただ情熱しか無かった時のようにバカになってちゃんとやること。

大した価値のない「成功」を捨てて、本当の「成長」を得たい。

それを2021年の自分の挑戦としたいと思う。

長い自分語りで飽き飽きさせてしまったかも知れない。

これは誰かに向けて書いているというよりも、自分に向けて書いていたんだな、と最後のパラグラフを書いた時に、ようやく気づいた。

 
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